やさしい商業登記教室 第30回 会社法の学び方

注・・本稿は、司法書士を対象に執筆した「新会社法と司法書士の役割」から総論部分を抜粋し、若干加筆したものである。

I はじめに
 ここ数年、毎年のように商法が改正されていたが、平成17年は、その最終章として、遂に「会社法」が制定された。8編979条の大法典である。「会社法」及び「会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(以下、単に「整備法」という。)を公布した平成17年7月26日付け官報号外168号は、11分冊656頁であった。ところが、会社法には、更に法務省令に委任した箇所が約300箇所あり、その法務省令案が9つの省令案にわけて平成17年11月29日パブリック・コメント手続に付されたが、法務省令は、平成18年1月末頃を目途に制定されるとのことである。

 ところで、この会社法、筆者のような凡庸な人間にとって、その内容を理解することは、なかなか容易ではない。鈍才が、会社法8編979条をもじれば、「会社法、8遍読んで、苦しみに泣く」というところであろうか。その凡庸なる人間が、恐れ多くも、「会社法の学び方」を書いてみた。

 まず申し上げたいのが、この膨大な会社法を正しく理解するためには、会社法は、商法の改正ではなく、「会社法」という新しい法律の制定であるということを理解し、大学で学び、実務で身に付けた商法の知識では、最早商業登記事件を適正に処理することはできないということを、厳正なる事実として理解する必要があるということである。

 なお、今回新しく制定された会社法は、最低資本金規制、類似商号規制の撤廃に代表されるように規制緩和(規制改革)という時代の潮流を受けてのものでるが、この規制緩和(規制改革)という潮流は、法律の世界だけでなく、「士業の垣根」にも押し寄せてきている。行政書士会による商業登記の代理権開放要求もその一つであるが、これからのビジネスの世界で重要なことは、弁護士、司法書士、公認会計士、税理士、行政書士のどの資格を有しているかではなく、誰が、国民のニーズ応えられるか、つまり、誰が、国民のニーズ応えられる会社法の知識を有しているかということではないだろうか。当職は、このニーズに応えられる「士業」は、司法書士でなければならないと考える。

II 会社法制定の経緯 
 1 民亊基本法改正(制定)の手順
 ①法務大臣の法制審議会に対する諮問→②法制審議会の審議・法務大臣に対する答申→③法務省民亊局参事官室における法文の立案→④内閣法制局の審査→⑤閣議決定→⑥国会提出→⑦衆参両院の審議・成立→⑧法律の公布

 2 会社法制定の経緯
 (1) 平成14年2月13日
  法務大臣の法制審議会に対する諮問(会社法制に関する商法、有限会社法等の現代化を図る上で留意すべき事項につき、ご意見を承りたい。)
 (2) 平成15年10月22日
  会社法制の現代化に関する要綱試案とりまとめ、同補足説明公表、パブリック・コメント手続の実施。
 (3) 平成16年12月8日
  会社法制の現代化に関する要綱案取りまとめ
 (4) 平成17年2月9日
  法制審議会の法務大臣に対する答申(会社法制の現代化に関する要綱)
 (5) 平成17年3月18日
  閣議決定
 (6) 平成17年3月22日
  国会提出
 (7) 平成17年6月29日
  会社法、会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律の成立
 (8) 平成17年7月26日
  会社法(平成17年法律第86号)、会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成17年法律第87号)の公布

 会社法は、法制審議会から法務大臣に答申された「会社法制の現代化に関する要綱」に基づき商法第2編会社、有限会社法及び株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律の三つの法律を整理・統合して、平仮名・口語体表記に改め(会社法制の現代語化)、わかり易く再編成するとともに、会社法制の現代化にふさわしい内容にするための実質改正(規制緩和によるものが多い。)を行なったものである。

III 会社法の特色
 1 会社法の定める株式会社の基本型
 現行の商法は、大会社を基本型として規定しているが、会社法は、約190万の現存する有限会社を、株式会社として会社法のなかに取り込みこれを基本型として規定している。つまり、会社法は、公開会社でない株式会社(非公開会社〓全部株式譲渡制限会社)で、取締役会を設置せず、株券を発行しない株式会社を基本型(したがって、株式会社の機関としては、株主総会と取締役のみを置く会社が基本型ということになる。)に規定している。したがって、会社法をスムーズに理解するためには、まず、有限会社法の知識・発想で考えてみることをお勧めする。

 2 定款自治の拡大
 会社法では、機関設計を始めとして、会社の組織・運営等に関する多くの事項が、定款の相対的記載事項とされ、定款にこれを定めるかどうか(定めなければ効力を生じない。)が会社に一任された。したがって、定款をみれば、その会社の経営戦略、コーポレート・ガバナンス、法務レベル(現実に定款を作成した者の法的レベルなど)が判明することになる。

IV 会社法を理解するためのポイント
 会社法をスムーズに理解するためには、まず、会社法の特色を理解し、会社法の基本となるいくつかの用語(キーワード)と法典としての会社法の構成及び用語の定義等を理解しておく必要がある。

 1 最大のキーワードは「公開会社」、次が「大会社」
 「公開会社」という言葉には、株式を証券市場に公開している大会社というイメージがあるが、会社法にいう「公開会社」は、資本金の大小に関係なく、その発行する全部の株式の内容として譲渡による当該株式の取得について株式会社の承認を要する旨の定款の定め(以下、「譲渡制限の定め」という。)を設けていない株式会社又はその発行する一部の株式の内容として譲渡制限の定めを設けていない(一部の株式について譲渡制限の定めがないということは、一部の株式については譲渡制限の定めがあることを意味する。)株式会社をいう。したがって、公開会社でない会社(以下、「非公開会社」という。)とは、その発行する全部の株式の内容として、譲渡制限の定めを設けている会社(全部株式譲渡制限会社)ということになる。公開会社になると、たとえ、資本金1円の株式会社であっても、取締役会、取締役3人以上、代表取締役及び監査役を置かなければならないことになるが、非公開会社であれば、機関は、最小限、株主総会と取締役だけでよく、任期も伸長することができることになる。

 また、「大会社」とは、会社設立時においては、資本金の額が5億円以上の会社(会社法2条6号)のことであるが、大会社になると、監査役・監査役会・会計監査人等の設置の問題が生じてくる。

 すなわち、機関設計の根幹をなすのは、まず、公開会社か否か、大会社か否かということであるが、その公開会社か否かを決するのが全部の株式の内容として譲渡制限の定めが設けられているか否かということである。

 2 会社法の構成  
 (1) 体系の組み換え
  商法第2編会社は、第1章総則、第2章合名会社、第3章合資会社、第4章株式会社、第5章電子公告調査機関、第6章外国会社、第7章罰則であるが、会社法は、つぎの8編979条によって構成されている。
 第1編 総則
 第2編 株式会社
  第1章 設立
  第2章 株式
  第3章 新株予約権
  第4章 機関
  第5章 計算等
  第6章 定款の変更
  第7章 事業の譲渡等
  第8章 解散
  第9章 清算
 第3編 持分会社(合名会社、合資会社、合同会社)
 第4編 社債
 第5編 組織変更、合併、会社分割、株式交換及び株式移転
 第6編 外国会社
 第7編 雑則
  第1章 会社の解散命令等
  第2章 訴訟
  第3章 非訟
  第4章 登記
   第1節 総則
   第2節 会社の登記
   第3節 外国会社の登記
   第4節 登記の嘱託
  第5章 公告
 第8編 罰則 

 (2) 条文構成の変更
 個々の条文においても、まず、非公開会社・取締役会非設置会社について規定し(有限会社ルールの適用)、次いで、取締役会設置会社、大会社について規定している。

 (3) 特別決議を要する事項・株券提出公告を要する事項等同じ手続を要する事項、共通の経済実態を有する行為等については一括して規定
    例

    会社法309条
    会社法219条
    会社法199条以下

 3 用語の定義
 会社法は、第2条に「この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。」として、34の用語について、その意義を定めるほか、各条項においても、例えば、「設立時発行株式(株式会社の設立に際して発行する株式をいう。以下同じ。)」(会社法25条1項1号)、「株式等(株式、社債及び新株予約権をいう。以下同じ。)」(会社法107条2項2号ホ)、「金銭等(金銭その他の財産をいう。以下同じ。)」(会社法151条1項)というように定めている。このように、各条項において定めている「定義語」は、約240語あるので、その後の条文の利用に際しては注意する必要がある。

 4 用語の変更
 用語の変更のうち、主なものは、次のとおりである。
 (1)会計ノ帳簿→会計帳簿、(2)営業→事業、(3)会社ガ発行スル株式ノ総数→発行可能株式総数、(4)会社ノ設立ニ際シテ発行スル株式→設立時発行株式、(5)株主名簿の名義書換→株主名簿記載事項の記載、(6)名義書換代理人→株主名簿管理人、(7)1単元ノ株式ノ数→単元株式数、(8)資本ノ額→資本金の額、(9)資本ノ減少→資本金の額の減少、(10)利益ノ配当→剰余金の配当、(11)存立時期→存立期間、(12)代表取締役の選任→代表取締役の選定

 5 省令委任事項の増加
 会社法の特色の一つが法務省令に対する委任事項(例えば、会社法318条1項、369条3項)が非常に多いということである(約300あるといわれている。)。この中には、相当重要な事項も含まれており、パブリックコメント手続(11月29日法務省のホームページに掲載された。)を経て、平成18年1月末を目途に法務省令(会社法施行規則、株主総会等に関する法務省令、株式会社の業務の適正を確保する体制に関する法務省令、株式会社の監査に関する法務省令、株式会社の計算に関する法務省令、株式会社の特別清算に関する法務省令、持分会社に関する法務省令、組織再編行為に関する法務省令、電子公告に関する法務省令の9本で、パブリックコメント手続が実施された段階で合計474条ある。)として制定されることになる。

 6 準用条文の減少
 準用条文は減少したが、それでも次のようにかなりある。
 例・・・会社法86条、325条等