やさしい商業登記教室 第31回 「会社法施行後の会社の目的における具体性の審査の在り方」についての意見

(注)…これは、法務省が意見募集した「会社法施行後の会社の目的における具体性の審査の在り方」について、当職が1月31日法務省に提出した意見(抄)である。

1 法人登記官、法務省民亊局第四課勤務を経て、公証人として10年、5,000件を超える定款を認証して思うことは、登記官の目的の具体性に関する審査は余りにも厳しく、登記官による新規事業進出への規制と解されてもやむをえない状況にあったと思う。
  その理由は、目的の具体性に関する審査の規準が何ら示されていないこと(過去において、目的の具体性の審査は、商業登記行政最大の課題とされ、私も、何度か審査基準の策定に取り組んだことがあるし、法務研究のテーマにもなった。)に加え、自分も含め法人登記官の実体経済に関する不勉強によるところが大きかったと反省している。しかし、この度、この問題を解決できる機会を得たことは、登記制度の利用者にとって、大変結構なことと考える。

2 ところで、類似商号規制の撤廃に際し、目的の具体性の要件をどこまで緩和するか(その撤廃を含めて)が問題となるが、この点については、「取引の安全と円滑に資することを目的とする。」(商業登記法1条)という商業登記制度の目的との兼ね合い、許認可事業等における「目的の記載のあり方」及び金融機関が取引先に求める「事業の範囲の明示」等を踏まえて、総合的に判断すべきものと考える。

3 法務省の「仮に、具体性がない目的が定款に定められ、登記簿により公示されることに伴う不利益(会社の具体的な事業内容が明らかでないこと、取締役の目的外行為の差止請求が困難になること等)があったとしても、これは当該会社の構成員や当該会社を取引相手とした債権者その他の利害関係人が自ら負担すべきものと解することで足りるためである。」というような、余りにも過度の自己責任原則の主張(株主はともかく、債権者から見れば、何のための登記制度かということになり、いわゆる「自己責任」とは異なる単なる「自己責任」への悪乗りではないかと取られかねない気がする。)は、登記制度に対する信頼の低下と利用者に過度の負担を課すことになり、行政の責任放棄(それは、商業登記制度の自壊ともなりかねない。)ともいえよう。

4 私は、具体性の要件の大幅な緩和は、当然のことと考えるが、「商業」、「商取引」というような目的の定め方に対するニーズは、これから設立される資本金の額の極めて小さな会社はともかく、公開会社においては極めて限定的と考える。本年6月定時総会においては、すべての上場企業が定款を変更すると思われるが、「商業」や「商取引」といった目的へ変更する企業が、はたしてあるであろうか。
  具体性の要件を不要と言うのであれば、むしろ目的を定款の記載事項からはずし、事業目的を限定する会社のみ定款の記載事項とする方が合理的であろう。

5 私は、「取引の安全と円滑に資することを目的とする。」という商業登記制度の趣旨から考えて、企業の業種・業態が判明する程度の事業目的の公示は(商業登記制度は企業の組織・目的等の公示制度である。)、商業登記における公示事項として不可欠のものと考える。もし、これを欠くとなれば、法務局の堤供する登記情報は、欠陥商品となり、その補完は、民間の調査会社がすることになり、商業登記制度の利用者に新たな負担を課すことになろう。これでは、商業登記制度に対する国民の信頼は低下し、登記民営化の第一歩を踏み出すことになろう。

6 そこで、商業登記の公示機能に対する信頼を維持し、国民に過度の負担をかけないためには(約700万人という団塊の世代の大量退職時代を迎え、最低資本金規制も撤廃されることから、本人申請による会社の設立は大幅に増加するものと思われるが、許認可事業や届出を要する事業である運輸業、建設業、不動産業、風俗営業等の場合、所管官庁からある程度具体的な記載を求められる可能性が高いので、設立登記終了後、直ちに目的の変更をせざるを得ないことにもなりかねない。また、銀行取引において、どのような事業を営むか、その疎明を求められる可能性もある。)、官側から、法律や登記のプロでもない起業者等に安易に自己責任を求めることなく、具体性の要件も、企業の業種・業態が判明する程度に大幅に緩和することが、これまで「国民のための法務行政」を標榜してきた法務省の取るべき道ではないかと考える。
                                以上