やさしい商業登記教室 第44回 取締役の辞任と定款添付の要否
A 本問の登記申請においては、退任を証する書面(商業登記法54条4項)として、辞任届を添付すれば足り、定款の添付は要しないものと考えられます(吉田一作「会社法施行後における商業登記実務の諸問題(5)」登記情報549号43頁「照会5」回答参照)。 【解説】 1. 商業登記法54条4項 (1) 任期満了による退任の場合 これは、商業登記の審査が書面審査に限定され、書面から形式的な違法(不備)を発見できない限り、登記申請を受け付けるという形式的審査主義からくるものと思われます。 確かに、会社法332条1項によれば、取締役の任期は原則として「選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで」とされていますから、選任後3年目や4年目の任期満了による退任が申請された場合には、定款で任期が伸張されているかどうかという疑いも生じますが、その実体的真実の追究も登記官の審査権限だとすれば、真実追究に際限がなく、円滑な登記の完了が不可能になります。したがって、登記には、公信力がないことも踏まえ、書面上登記に必要なすべてが記載されていれば、登記官は、「申請会社は非公開会社だから、定款で任期を伸長したのだろう(会社法332条2項)」と「善解」して登記申請を受理することになります。 これに対して、「誰の任期がいつ満了するか」が明記された資料が提出されていないときには、登記官も「善解」の余地がありませんから、申請人はこれを証明するために定款の添付を要します。定款には、申請会社の事業年度の終了時はいつで、これに係る定時株主総会の開催時期はいつと定められていることが通常であり、会社法332条が規定する取締役の任期の満了時期を当該会社において具体的に証明するための資料が記載されているためです。 (2) 辞任による退任の場合 2. 商業登記規則61条1項 しかし、本先例は、会社が取締役を選任する場合の「選任行為の有効性」審査について述べたものであり、会社の行為によらず、取締役が一方的に辞任する本問のケースは、商業登記規則61条1項の問題ではないものと解されます。なぜなら、商業登記法54条4項に「退任を証する書面」とあり、この上さらに商業登記規則61条1項を適用する余地がないためです(なお、松井信憲「商業登記ハンドブック」407頁(注1)は、規則61条1項の問題として捉えています。)。また、確かに、定款に任期伸張規定がないと、本問の取締役Aの辞任も無効のようにも思えますが、それは「実体的真実」の問題であり、登記法における「形式的真実」の証明とは別問題です。実体的真実に反する登記がなされたときは、後日、申請人の責任が問題にされることはあっても、登記申請の却下原因にはなりません。 (担当 商業法人登記総合研究5人委員会委員 司法書士 山本浩司) (注)これは、雑誌「登記情報568号」掲載の「実務家による商業・法人登記Q&A(3)」の一部を転載したものです。 |