やさしい商業登記教室 第50回 相続等による事業の承継①
A 【解説】 しかし、相続の法的効果は包括承継であり(民法896条本文)、相続による株式の承継自体を制限することはできません。 そこで、設問のケースでは、いったん相続により承継された株式を、当該株式会社が買い取る方法により会社にとって好ましくない相続人が株主になることを阻止することができます。 1. 相続人等に対する売渡請求 ① 相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者がいること。 なお、定款の定めとして、一般的には「当会社は、相続その他の一般承継により当会社の株式を取得した者に対し、当該株式を当会社に売り渡すことを請求することができる。」と定められます。 相続人等に対する売渡請求は、相続だけでなく、株主が法人であるときにその会社が合併により消滅したときにもすることができます。 売渡請求の前提として、株式会社が売渡請求をすることができる旨の定款規定を要します。当該定めを設ける定款変更の決議要件には特則はなく、通常の定款変更と同様に、株主総会の特別決議によります(会社法309条2項11号)。 売渡請求の対象となる株式は、譲渡制限株式に限ります。 公開会社でも、譲渡制限種類株式を発行しているときは、当該種類株式を相続等によって取得した者に対して、売渡請求をすることができます。 この点、公開会社では、合意による相続人等からの株式の取得の方法(会社法162条)の規定が適用されないことと相違します。 2. 特定の相続人を売渡請求の相手方とする定款の定めを設けることの可否 相続人等に対する売渡請求について前記1②のような一般的な規定を設けているときに、相続が確定した後に、株主総会で、特定の対象者としてBを定めることは、もとより可能です(会社法175条1項)。 それでは、定款に特定の相続人(B)を売渡請求の相手方とする定款の定めをすることができるでしょうか。 この点、相続人等への売渡請求の制度は、もともと、相続等により株主に承継が生じたときに、その者が会社にとって好ましい株主であるかどうかを判断する権限を既存の株主に与えるという趣旨であるため、あらかじめ特定の相続人を売渡請求の相手方とする定款の定めを設けることは、可能であると考えられています(相澤哲編著『Q&A会社法の実務論点20講』14頁)。 例えば、「Aが死亡したときは、その相続人Bに対して株式の売渡請求をすることができる。」というように明確に定めるとよいでしょう。 もし、定款の文言にBの氏名の記載をすることにさし障りがあるときは、「Aが死亡したときは、その相人中CD以外の者に対して株式の売渡請求をすることができる。」という表現をすることもできます。 3. 売渡請求の方法 ただし、当該株式会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から一年を経過したときは、請求をすることができなくなります(同項ただし書)。 売買価格は、原則として、当事者間の協議により定めますが、協議が成立しなかったときは、上記の請求の日から20日以内に裁判所に対して、当事者の双方が価格決定の申立てをすることができます(会社法177条1項、2項)。 なお、株式会社は、いつでも売渡請求を撤回することができます(会社法176条3項)。 4. 売渡請求の効果 このため、売渡請求に係る株式は、売渡しの効果を生じたとき(権利の移転時期に合意があるときは、そのとき。合意のないときは売買代金の支払いがあったとき。)に株式会社の自己株式となります。 (担当 商業法人登記総合研究5人委員会委員 司法書士 山本浩司) ※ 本問は登記情報580号20頁以下にも掲載されています。 |