やさしい商業登記教室 第40回 司法書士の商業登記に思う  ? 商業登記をベースとする司法書士の商事法務を求めて ?

司 法 書 士 の 商 業 登 記 に 思 う
? 商業登記をベースとする司法書士の商事法務を求めて ?

有限責任中間法人商業登記倶楽部代表理事・主宰者
桐 蔭 横 浜 大 学 法 学 部 客 員 教 授

神 崎 満 治 郎


I はじめに

 法務局を卒業して早いものでもう15年になる。本格的に商業登記を担当するようになったのは法務省民事局第四課(現在の商事課)に配属された昭和45年であるので商業登記と向き合って38年になる。法務局在職当時の法人登記部門の第一の懸案事項は、「商業法人登記事務従事職員の育成」であった。商業登記事件は、都市集中型であり、地方では事件数も少ないところから、特に支局出張所では不動産登記事件の担当者が不動産登記の片手間に処理している庁も多く、法務局の出張所所長の実態は、一部の例外を除いて文句なしに「不動産登記所長」であったし、法務局の主流も不動産登記学派であって商業登記学派は傍流であった。一方司法書士業界を見ても、不動産登記が中心であり、商業登記に関心を有する司法書士は少数で、司法書士会の行なう研修も不動産登記が中心であり、商業登記に関する研修は数年に1回あるかなしかの状況であったと思う。当時、商業法人登記において本人申請の割合が高かったのは、このような背景の故ではないか考えた次第である。

 ところで、本人申請といっても、その実態は、税理士や行政書士が書類を作成し、本人名義で申請するいわゆる偽装本人申請であり、このような状態が続けば、やがて税理士や行政書士による商業登記申請代理権獲得運動へと発展していくことは明らかであった。そこで、平成5年法務局卒業を機会に、司法書士の皆さんに“もっと商業登記を!”という願いをこめて始めたのが商業登記倶楽部というボランテイアクラブであった。ちょうど時あたかも商業登記制度100周年の平成5年7月1日である。

 あれから15年、全国各地の司法書士会にも結構商業登記に強い司法書士が育ってきたし、商業登記関係の研修も盛んに実施されるようになり、往時を思えば感無量のものがあるが、その要因は、何と言っても平成9年の合併法制の大改正を皮切りに毎年のように行なわれた商法の改正とその終着点ともいえる「会社法」の制定と行政書士会による商業登記申請代理権開放運動ではないかと思われる。これらの改正法に取り組む各司法書士会の熱意には並々ならぬものがあったし、各士業団体の中で会社法に最も熱心に取り組んだのは司法書士会であったと思う。会社法については、弁護士も、公認会計士も、司法書士も、行政書士も、税理士も皆ゼロからのスタートであったので、その成果は、これに投じたエネルギー(時間と予算)に比例する。筆者のみるところ、会社法については司法書士が最も多くの成果を挙げたのではないかと考える。司法書士の皆さんは大いに自信を持っていただきたい。

 ところで、本稿では、「雑感」でも良いという編集部のお言葉にあまえて、商業登記に関する若干の思い出とこれからの司法書士の商業登記について私見を述べてみることにした。

II 商業登記100周年記念式典

 わが国の商業登記制度は、明治23年に制定された「旧商法」中第一篇「商ノ通則」第二章「商業登記簿」に商業登記に関する実体規定及び手続規定が定められ、明治26年7月1日に同法の一部が施行されたことに始まるとされている。

 ところで、平成5年当時は、国の財政事情も現在ほど悪化しておらず、各省庁において制度発足100周年記念行事が盛んに行なわれており、法務省においても、平成5年7月1日東京・港区の虎ノ門パストラルにおいて商業登記100周年記念式典を盛大に執り行った。私も民事局第四課OBとしてこの式典に招待を受ける光栄に浴したので、現在手元に残っている資料を見てみると、法務大臣後藤田正晴氏からの招待状(これによれば、記念式典午前11時から正午、祝賀会正午から午後1時)、記念式典次第(司会但木秘書課長(現検事総長)、開式の辞清水民事局長、式辞後藤田法務大臣、祝辞草場最高裁判所長官外2名、記念切手贈呈小泉郵政大臣、閉式の辞清水民事局長)、商業登記の文字がデザインされた記念切手である。

 そして、夜は味村最高裁判所判事(元民事局第四課長、元内閣法制局長官)の講演となかなか充実したものであった。

III 商業登記倶楽部の発足

 商業登記倶楽部発足の目的は、前述のように司法書士の皆さんにもっと商業登記に取り組んでいただくために、その支援をすることであったが、その経緯を「商業登記倶楽部会報」第1号に、「発足のごあいさつ」として次のように述べている。 「本年4月1日、33年間お世話になった法務局を無事卒業しました。この33年間、実に多くのすばらしい方々との出会いのドラマに恵まれ、多くの方々の善意と好意に支えられて卒業の日を迎えることができました。

 ところで、今年は、私のライフワークの商業登記が、制度発足100周年を迎えるという誠に記念すべき年に当たります。私は、昭和45年に法務省民事局第四課に配属されて以来商業法人登記に関心を持ち、その後、これをライフワークと定め、「生涯一法人登記官」をモットーに今日に至りましたが、まだまだ未熟であり、研鑽の必要性を痛感しています。

 そこで、今後の自己研鑽と今まで私を育ててくれた法務局・司法書士業界へのいくばくかのご恩返しを兼ねて、「司法書士の商業法人登記業務を支援するボランテイアクラブ」を商業登記制度発足100周年に当たる7月1日に発足させました。私は、本人申請は商業登記事件の司法書士ばなれだと分析しています。商業登記事件を司法書士のもとに呼び戻す運動(商業登記を司法書士の手に!)といかなる事件にも即時に対応できる体制の確立が必要ではないかという気がします。商業登記は都市集中型の事件であり、その量が不動産登記に比べ圧倒的に少ないため、登記官にも司法書士にも商業登記のベテランといえる人は、比較的少ないといわれています。ところが、登記官には、法務省という偉大な支援組織がついていますが、司法書士には、個々の事件、相談について、これを即時にバックアップする支援体制は、法務局と法務省の間ほど確立されていないという気がします。

 そこで、司法書士会側の支援体制が確立されるまでの間、司法書士各位のために尽力するのも、制度100周年という記念すべき年に法務局を卒業した「生涯一法人登記官」の勤めであると思い、……」 その商業登記倶楽部も、平成15年7月1日(商業登記制度110周年記念日)中間法人となったが、その定款作成に関して是非記しておきたいことがある。それは、中間法人の電子定款である。中間法人成りに際しわが国第1号の「電子定款」の認証(その時点では、会社を含め電子定款の認証はまだ1件もなかった。)を川崎公証役場の後藤公証人に嘱託すべく事前に打ち合わせを了し準備も整え、電子定款を添付する設立登記の申請については法務局と事前打ち合わせもして、念のため中間法人の電子定款は会社と同様問題がないことの確認を得るべく民事局商事課に電話を入れたところ、担当係長は「問題はないと考えるが、念のため参事官室と協議をして折り返し電話する。」とのこと。ところが、その協議結果は、「中間法人の電子定款作成は立法的手当てをしない限り困難」とのことで、残念ながらわが国第1号の電子定款の認証には至らなかった。

 ところが、これには、後日談があり、その数年後、商事課の某係長から新幹線で出張中の筆者に電話があり(筆者の場合、外出時はすべて携帯への転送電話にしている。)、「神崎先生は、中間法人の電子定款は、立法的手当てをしない限り困難との見解のようですが、商事課としては立法的手当てをしなくても、電子定款の作成は可能であるという回答をすることになりましたので、参考までにお知らせします。」とのこと、あいた口が塞がらないとは正にこのことであるが、それを責めても詮無いこと。しかし、この電話さえなければ知らずに終わったものをと考えると、胸中は複雑であった…。

IV 往時の商業登記実務上の懸案事項とその解決策

 会社法のもとでは、類似商号登記禁止の規定もなくなり(ちなみに、アメリカ合衆国で最も準拠する会社の多いデラウエア会社法では、事業目的のいかんにかかわらずデラウエア州内において同一または類似の商号の登録を禁止している。)、会社の目的の具体性については登記官の審査不要となったが、筆者が登記官時代の実務上の懸案事項は、類似商号の判断と会社の目的の具体性の判断をいかにしてするかということであった。そこで、いろいろと試行錯誤の結果、類似商号についてはほぼ解決できたと思う(その結果は、「商号・類似商号の先例とその実務」として出版)。しかし、会社の目的の適格性の判断のうち目的の具体性の判断については在官中解決にいたらず、公証人在任中にようやく解決の目途がついたという状況であった。当時、会社の目的が具体性を有しているかいないかの判断は法務局によって異なるといわれ(例えば、「健康食品の販売」は、横浜管内では受理されるが、多摩川を渡った東京管内では受理されない。)、口の悪い司法書士は、目的の具体性の判断は、法務局によって異なるならまだしも、同じ登記所内でも登記官によって異なるなどといい、定款の認証をする公証人は、登記官の目的の具体性の判断は、まるで判じ物だという始末であったし、経済界からは登記官による新規事業進出への規制といわれ、相当柔軟な対応策を打ち出さない限り、早晩登記官から目的の具体性の判断権は取り上げられるのではないかという気がして、原稿にも書き、登記官諸氏へ警鐘も鳴らしたが、一公証人の力ではいかんともし難く、登記官に対して、具体性を欠く目的の却下条項を質問するのがせめてもの抵抗であった。当時、具体性を欠く目的の却下条項については、①商業登記法(以下、「法」という。)24条6号説、②法24条2号説、③法24条10号説とあったが、これを明示した先例はなかった(ちなみに、営利性を欠く目的については先例は法24条2号説)。②説及び③説では、誤って受理した目的は職権抹消しなければならないことになり、職権抹消することによる混乱を防止するために考えられた説が①説であるが、理論的にはとうてい①説を採ることはできない。そこで、具体性を欠く目的の却下条項は法24条2号又10号ということになるが、そうであれば「目的が具体性を欠く」とは、その目的が誤って受理された場合、職権抹消しなければならないほど(登記官が躊躇なく職権抹消することができるほど)具体性を欠く場合ということになる。つまり、目的が具体性を有するか否かの判断基準は却下条項にあるというわけである。しかし、この説を登記官諸氏に納得してもらうためには、まず具体性を欠く目的の却下条項を登記官諸氏が納得する方法で確定する必要があった。

 そこで、考えた方法は、法務省民事局商事課長、東京・大阪両法務局の首席登記官、公証人、司法書士の出席する座談会の開催である。公証人を主たる対象とする月刊雑誌「民事法情報」2003年3月号に掲載された特別座談会「定款認証をめぐる諸問題」がそれである。当時の出席者は、法務省民事局商事課長後藤博氏、東京法務局第一法人登記部門首席登記官片岡貞敏氏(大阪法務局は公務多忙で欠席)、公証人(元法務省民事局第四課長・元人権擁護局長、司会)筧康生氏、司法書士小方正直氏、そして公証人であった筆者である。この座談会で、却下条項はおおむね②説(特に片岡氏主張)ということになり、その後東京法務局管内における目的の具体性の判断は、極めて柔軟になり(むしろ柔軟になり過ぎた感があった。)、筆者としては、これにより「目的の具体性の判断方法」の問題はほぼ解決できたと考えた次第である。しかし、今は、その目的の具体性の問題も登記において不問とされたが、少なくとも同一市町村における同一商号登記禁止の制度は設けるべきでなかったかという気がする。

V 商業登記をベースとする司法書士の商事法務を求めて

 商業登記倶楽部発足時のキャッチフレーズは、「商業登記を司法書士の手に!」であったが、会社法制定時は「会社法を司法書士の手に!」となり、現在は「商業登記をベースとする司法書士の商事法務の実践!」と進化した。筆者が考える「商業登記をベースとする司法書士の商事法務」とは、最終的に登記を要する事項については、「①会社法で定める登記の前提手続きの実行またはアドバイス、②登記の申請手続きおよび③登記完了後の事後手続きのアドバイス」をすることである。ちなみに、筆者の公証人時代からのモットーは、「お客様の納得と満足」であるが、②の手続きを実行しただけではとうていお客様の納得と満足は得られまい。行政書士による商業登記代理権開放問題が解決した今こそ、司法書士は、「商業登記をベースとする司法書士の商事法務」を強力に実践し、行政書士による商業登記代理権開放問題が2度と起こることがないよう心すべきである。

VI 全国商業登記所80庁と司法書士の役割

 法務省では全国で商業登記を取扱う登記所を80庁にするという。その目的は、特に中小企業の経営に影響する会社法についての相談体制を確立するためには、商業登記所を集約して人的体制を強化する必要があるということのようである。この構想が実現すると(オンライン申請の進捗状況等から判断して100パーセント実現すると考える。)、多くの法務局では、商業登記を取り扱う登記所は本局1箇所ということになろう。そうなると、支局出張所所在地に事務所を置く司法書士の執務体制が問題になる。当面は、現在同様、支局出張所所にも法人担当の相談員が配置されると思うが、商業登記所集約の目的が商業登記所の充実強化であること(商業登記所を本局1箇所に集約しない限り、会社法に対応できる体制の整備ができないということであろう。)から考えて、支局出張所における密度の濃い相談は困難であろう。そうすると、支局出張所所在地において、地元企業に密度の濃いサービスを提供できるのは、会社法に強い司法書士ということになる。会社法に強い司法書士には、ビッグチャンス到来である。そこで、商業登記倶楽部では、各司法書士会において司法書士の商事法務の中心的役割を果たす司法書士を養成するため日本司法書士会連合会の後援と法務省から講師の派遣を受けて「司法書士・商業登記スペシャリスト養成塾」(1年コース)を開塾し、本年3月第1期生が修了し、4月12日から第2期生が研修中である。

VII 司法書士の社外監査役100人運動の提唱

 現在、筆者の身近に、上場企業の社外監査役が3名いる。勿論いずれも司法書士で、商業登記倶楽部の会員である。恐らく全国的に調査をすれば、もっと多くの司法書士の上場企業の社外監査役がおられるのではないかと思う。司法書士の商事法務を企業に認識してもらうためにも、上場企業の社外監査役(それは業務監査を主体としたものである。)をもっと増やす取り組みをしてはいかがであろうか。司法書士の上場企業の社外監査役が100人になる時が、司法書士の商事法務が経済界に認知された時ではないだろうか。

(本稿は、当職が雑誌「市民と法」創刊50号記念号の「変化する司法書士業務、変革する司法書士」に寄稿した「司法書士と商業登記をめぐる雑感」である。)